2009年4月2日木曜日

【第7節】華やかな世界の裏側で踏まれていく多くの選手達 -後編- (自身19歳)

 アメリカのドラフトは6月である。

これは学校が6月で卒業になり、新学期が9月からというサイクルに合わされていることが関係しているのであろう。


 その直前の5月から、私のアマチュアのリーグにはドラフト候補の選手がこぞって参加をし始めた影響で突然レベルが上がった

そしてドラフトが終わった頃、ちらほらとドラフトにかかった選手が抜けていくことによって徐々にレベルが下がっていった。

そんな中でドラフトにかかったにも関わらず、こんな時期に参加してきた選手がいた。


 年齢は当時19歳。私と同い年である。

私達選手で共同生活していたコンドミニアムに一緒に住むことになり、初日の練習でこんな時期に参加してきた意味を知った

 肘に大きな傷跡があった

手術の傷跡である。それも最近に施術したばかりの生々しいものであった。

 キャッチボールは塁間がやっと、重たいものは一切持たない、痛み止めを常に服用している、など、まともに野球など出来るわけがなかったのだ。


 しかしドラフトで1位指名された選手である。

お金には不自由していないようで、夜な夜な遊びに行っていた。

私も何度か連れて行ってもらったが、急に大金を手にしたことで金の使い方を知らないのか、何でもかんでも多額のチップを払っていた。


 その選手は高校生の時に94マイル(151.2km/h)を投げた地元では有名な選手だったらしく、確かに背も190センチ前後、体格もよかった。


 そんな将来も有望で素晴らしい才能をもった、華やかな人生を歩むであろうのにもかかわらずなぜ手術をすることになってしまったのか疑問に思い、ある日、手術をした経緯を聞いた。


 話を聞いて少し恐ろしくなった。


 ドラフトで上位指名され、多額の契約金、多額の年俸をもらえることはかなり以前から分かっていたらしい。

しかし、アメリカではスカウトすら階層に分かれており、いい選手を発掘しドラフトで上位指名させることによってその地位を高めていく、ということが絡んでいた。


 目を付けてくれたスカウトが自分の上司のスカウトにこの選手をこの年のドラフトにかけたいことを伝えるために、上司のスカウトが来るたびに何度も試合で投げさせた。

初めの頃は猛威を振るっていた速球も、連投に近い間隔の短い登板に、球速は遅くなっていった。


 明らかに疲労である。

しかしスカウトは焦っていた。これだけの逸材、ここでドラフトにかけなければ来年以降は他の力のあるスカウトに横取りされてしまう。

 ドラフトで上位指名された選手は3年は待ってくれる。そうすぐにはクビにしない。

なら、どこか悪い箇所を見つけて手術してしまえば、入団してすぐに力を判断されるということはない、と上司を説得したのである。

野球をこのレベルまでしている選手は悪いところのひとつやふたつはあるものである。

 多額の契約金と引き換えに肘を切ったのである。

 

 ある日その選手が寝室で泣いているのを見たことがある。

もしかしたらあの頃のような速球はもう投げられないかもしれないという不安と、多額の契約金のうちの多くをすでに親が事業に使ってしまったことのプレッシャーからだろうか。


 純粋に野球を楽しめた人生から一転して、野球をビジネスとしてとらえる世界の餌食になってしまった若者がそこにいた。


日本のドラフト指名選手が年約80人程度に対し、メジャーリーグドラフト指名選手の数は約1500人。

 トライアウトでの入団やインディペンデント(独立)リーグも含め、年間約2000人という人間がプロ選手になる。

しかしその裏では同じだけの数の選手がクビになっていくのである。


 その後、この選手は結局速球が投げられなくなってしまったまま、3年でプロ選手生活を閉ざしたことを知った。


 今自分が足を踏み入れようとしている世界は、華やかさと裏側の暗い闇の両面を持った、自分ひとりの力ではどうしようもない大きな力が働く世界なのだと実感した。


 この時初めて、自分の歩く道は果たして正しい道なのかと、自問したのである。



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